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東京高等裁判所 平成3年(ネ)914号 判決

控訴人(原告) 株式会社ムトウクレジット

右代表者代表取締役 野田哲二

右訴訟代理人弁護士 黒木辰芳

被控訴人(被告) 岡田幸一

右訴訟代理人弁護士 石田享

主文

原判決を取り消す。

被控訴人は、控訴人に対し、金四五六万八二四〇円及びこれに対する平成二年二月六日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、第一、二審を通じすべて被控訴人の負担とする。

事実

一、控訴人は主文同旨の判決を求め、被控訴人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二、当事者双方の主張は、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決二枚目裏六行目の「青山のり子」を「青木のり子」と改め、同三枚目裏五行目の「訴状の」を削り、同五枚目表六行目の「5項(一)」を「5項(二)」と、同九行目の「同第(二)項ないし第(五)項」を「同第5項(一)、(三)ないし(五)」と改める。)。

三、証拠関係〈省略〉

理由

一、ショッピング・クレジット契約の成立

控訴人が割賦債権買取を業とする会社であることは当事者間に争いがないところ、〈証拠〉によれば、控訴人は、平成元年九月一二日、訴外内山侑亮より、自分は被控訴人の営む岡田商店なる呉服店の番頭であって店の営業は一切任せられていると言われ、控訴人を契約当事者とし、内山をその代理人として、同人との間で、請求原因2項記載の内容のショッピング・クレジット契約を締結した事実及び右内山は、同様被控訴人の代理人として、右ショッピング・クレジット契約に基づき、請求原因3項記載のとおり、五名の顧客と商品の売買契約を締結し、前記ショッピング・クレジット契約に基づいて、控訴人からその割賦金総額四六三万三三二〇円の立替え支払を受けた事実を認めることができ、この認定を左右する証拠はない。

二、右内山侑亮の代理権の存否

ところで、被控訴人は、自分は本件ショッピング・クレジット契約が締結される以前に岡田商店を辞め、自ら呉服店を営んではおらず、前記内山も自分の代理人ではないと主張して争うので、以下この点について検討するのに、〈証拠〉、弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1. 被控訴人は、当初は静岡県浜松市の浜松駅前において、次いで昭和五五年ころからは同市上西町において、「岡田商店」なる商号で呉服店を営んでいた。岡田商店には、常時二、三人の従業員がおり、被控訴人の妹も従業員として働いていたほか、昭和五五年ころからは、被控訴人の三男も店を手伝うようになっていた。しかし、その中心となって働いていたのは、昭和三一年以来従業員として勤務するようになった内山侑亮であった。

2. ところが、被控訴人は、昭和六〇年過ぎから、宗教活動に熱心な余り、店の営業をおろそかにし、出費も重ねたため、被控訴人の三男から、宗教活動をするのであれば、他で働いて稼ぐようにと意見され、昭和六一年一〇月二三日から浜松市内の小栗株式会社で梱包作業員として働くようになった。このため、被控訴人は、その後岡田商店にほとんど顔を出さなくなり、代わりに店の経営は、被控訴人の三男がこれに当たり、同人が昭和六二年五月ころ店を辞めてからは、内山侑亮と被控訴人の妹がこれに当たるようになった。被控訴人の三男や内山侑亮らは、被控訴人が店に置いていった実印と店の記名印とを用いて、従来どおり「岡田商店・岡田幸一」名で営業を継続していたが、これに対して、被控訴人が異議を述べるようなことはなかった。そして、被控訴人は、その後も店に立ち寄ったり、売出しや納品の際には店に手伝いに来ていた。

3. しかし、岡田商店の経営状態は次第に悪化し、平成元年夏ころには、営業資金が欠乏したため、当時店の経営に当たっていた内山侑亮は、実際には商品を販売していないのに販売したように仮装して、ローン会社から立替金の支払を受ける、いわゆる空ローンにより営業資金を賄おうと考え、同年九月一二日、控訴人との間で、前記のとおり被控訴人名義による本件ショッピング・クレジット契約を締結してその旨の契約書(甲第一号証)を作成し、他方、被控訴人の妹を同行して、同年九月から一〇月にかけて、かつての従業員や親しい顧客としてかねてより知り合いの青木のり子、池谷幸子、鈴木照子、金原啓子、土居尹子の各自宅に赴き、同人らに事情を話して、請求原因3項記載のとおり、被控訴人より商品を購入する契約を締結したことにして、それぞれその代金の立替払を控訴人に委任する旨のクレジット契約の申込書を兼ねた右各購入契約書に押印してもらい、これらの書類を控訴人に示して、右各クレジット契約を成立させ、控訴人からその割賦金総額四六三万三三二〇円の立替金の支払を受け、これを岡田商店の営業資金に充てた。その後、被控訴人は、店から自己の実印を持ち出し、自ら保管するようになったが、内山侑亮が手形の振出に必要であるとして実印の使用を要求すれば、これに応じていた。

4. 岡田商店はその後も経営状態が回復せず、平成元年一二月末事実上倒産するに至った。その直前、被控訴人とその息子及び内山侑亮の間で、岡田商店の抱えている負債をどのように返済するかという協議が行われ、席上、本件空ローンによって生じた債務についても話し合われたが、これが岡田商店の営業資金に充てられたこと自体については、参加者の間に異論はなかった。しかし、その後、被控訴人は、本件クレジット契約を締結した青木のり子、土居尹子らに不動産を処分して債務を返済するよう迫られるや、自分は本件ショッピング・クレジット契約に関与していないとして、その責任を否定するようになった。

以上の事実が認められるのであって、この事実によれば、被控訴人は、昭和六一年一〇月二三日から別会社に勤務するようになったとはいえ、その営業を廃止したわけではなく、自己の実印と店の記名印は岡田商店に預けたままにして、被控訴人の三男や内山侑亮がこれらの印を用いて従来どおり被控訴人名で岡田商店の営業を続けることを黙認していたのであるから、同人らに店の業務執行権並びに営業資金調達等これに付随する一切の行為を行う権限を包括的に委任したものと解するのが相当である。そして、本件のごときショッピング・クレジット契約も、これが店の営業資金を得る目的で締結されたことに照らせば、被控訴人の名においてかかる契約を締結することも、右の包括的な委任の範囲に含まれていたとみなければならない。してみれば、本件ショッピング・クレジット契約書(甲第一号証)の被控訴人作成名義部分は、内山が、その責任の範囲内で、被控訴人を代理して作成したものであって、結局、この契約は、被控訴人と控訴人との間に有効に成立したものといわなければならない。

被控訴人は、原審において、小栗株式会社に勤務するようになったのは、内山侑亮から岡田商店を首にされたからであり、その後締結された本件ショッピング・クレジット契約には全く関与していない旨供述するが、前認定のように、被控訴人が岡田商店を追われたという時期には、被控訴人の三男も同店に勤務していたのであるから、被控訴人が内山侑亮によって岡田商店を解雇されたというのは実体に合わない。加えて、右供述によれば、被控訴人は、その後約三年もの間、内山侑亮らに自己の実印や店の記名印を預けて、これを使用されるがままにしていたというのであるが、このようなことは、真に被控訴人が岡田商店を辞め、これと関わり合いがなくなったというのであれば、極めて不自然なことである。この点について、被控訴人は、内山侑亮に実印や店の記名印を返すよう要求したものの、羽交い締めにされるなどして取り返せなかったというが、被控訴人の三男が店を切り盛りしていた時期もあったのであり、被控訴人としては、経営を譲るなり、閉店するなり、さらには法的手段に訴えるなりすることもできたはずであるから、根拠のある説明とはいい難い。したがって、原審における被控訴人の供述は、たやすく信用することができない。

そうすると、被控訴人は、本件ショッピング・クレジット契約の一方当事者として、これにより生ずる義務について責任を負うものといわなければならない。

三、右契約に基づく被控訴人の責任

ところで、前掲甲第一号証によれば、本件ショッピング・クレジット契約は、販売店が顧客に商品を販売する際、顧客の委託を受けて、控訴人が顧客に代わって代金を販売店に立替払をし、顧客は右代金に手数料を加算した合計額を控訴人に対して分割して支払うことを内容とするものであるところ、右契約書第八条は、次のように定めていることが認められる。

「乙(=控訴人)は、顧客の支払遅延・支払不能等、乙と顧客との間に生じた事由をもって甲(=被控訴人)に対する精算金の支払義務を免れることはできない。

ただし、この事由が次の各号の一つに該当する場合は、この限りではない。この場合において、乙から既に当該精算金の支払いがなされているときは、甲は乙が顧客に対して保有する立替払債権残額と同額の金員を直ちに乙に支払うものとし、乙はこれと同時に甲に商品等の所有権を移転すると共に残存する立替払債権を譲渡するものとする。

(1)  甲の故意または重大な過失により生じたものであるとき。

〈以下省略〉 」

しかして、前認定の事実及び弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第七号証によれば、被控訴人の従業員内山侑亮は、岡田商店の営業資金に充てるため、前記青木のり子ら五名の者との間に仮装の商品販売契約を締結し、これらの者に情を知らない控訴人宛のクレジット契約の申込みをさせて、控訴人との間に代金立替えを内容とするクレジット契約を成立させ、控訴人から右立替金名下に合計金四六三万三三二〇円の金員の支払を受けたこと、控訴人は、このうち被控訴人から金六万五〇八〇円の元本返済を受けたが、残金四五六万八二四〇円については、青木のり子らから返済を受けられずにいることが認められる。

ところで、本件においては、販売店が売買契約を仮装して情を知らないクレジット会社から立替金名下に金員を取得したものであるが、このような場合にも、立替金を支払ったクレジット会社が販売店の顧客から立替払債権の支払を受けられずにいるときは、前記契約書第八条但書(1)の、「顧客の支払遅延・支払不能等が被控訴人の故意または重大な過失により生じた場合」に該当するものとして、クレジット会社である控訴人は、販売店たる被控訴人に対し、顧客に対する立替払債権残額に相当する金員を請求する権利があるものというべきである。けだし、前記第八条の文言からして、このような場合を同条項から除外する理由は見出せないからである。

そうすると、被控訴人は、控訴人に対して、前記契約上の義務の履行として、前記立替金残額金四五六万八二四〇円及びこれに対する訴状送達の翌日であることが記録上明らかな平成二年二月六日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

四、結論

よって、本訴請求を棄却した原判決は失当であって、本件控訴は理由があるから、原判決を取り消し、控訴人の本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 伊藤瑩子 近藤壽邦)

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